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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)1999号 判決

控訴人 株式会社長嶋商店

右代表者代表取締役 長嶋登一

右訴訟代理人弁護士 山田勘太郎

被控訴人 住谷美代子

右訴訟代理人弁護士 本杉隆利

主文

原判決中被控訴人に関する部分を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、金三七九万七五〇〇円及びこれに対する昭和四四年一〇月一日から支払ずみまで日歩四銭の割合による金員を支払え。

訴訟費用中当審において生じた部分及び原審において控訴人と被控訴人との間に生じた部分は被控訴人の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

控訴代理人は、主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外日信印刷株式会社(以下「日信印刷」という。)は、訴外掛川信用金庫(以下「掛川信金」という。)との間で、昭和三八年一一月一〇日、債権元本限度額三五〇万円、利息日歩二銭七厘、遅延損害金日歩四銭と定め、掛川信金から証書貸付、手形貸付、保証契約等による信用取引を受けることとなり、右信用取引上日信印刷が負担する一切の債務を担保するため、日信印刷所有の印刷機械器具類(以下「本件担保物件」という。)を掛川信金に譲渡する旨の金銭消費貸借及び譲渡担保契約等を内容とする契約(以下「本件取引契約」という。)を締結し、その際、控訴人の夫亡住谷慧秋(以下「亡慧秋」という。)は、原審被告松木はなの夫亡松木順、訴外亀井亀吉と共に、掛川信金に対し、日信印刷の本件取引契約上の債務について連帯保証する旨を契約した(以下「本件連帯保証契約」という。)。

2  その後、掛川信金は、本件取引契約に基づいて、日信印刷に対し証書貸付、手形貸付等により金銭を貸与し、その貸付金合計額が三七〇万四〇〇〇円になったが、日信印刷はこれを支払わなかったため、訴外静広美術印刷有限会社(以下「静広美術」という。)が、日信印刷に代って、掛川信金に対し、昭和四三年八月二〇日から同四四年七月二一日までの間に金六〇万円、同四四年九月三〇日に金三一九万七五〇〇円合計金三七九万七五〇〇円(内訳、前記貸付金合計額三七〇万四〇〇〇円の内金三五〇万円及びこれに対する昭和四三年八月三日から同四四年九月三〇日までの日歩二銭の割合による利息金二九万七五〇〇円)を代位弁済し、これにより静広美術は、債権者の掛川信金の承諾を得て、掛川信金が日信印刷に対し有していた右貸金債権三七九万七五〇〇円(以下「本件貸金債権」という。)及びこれを担保する連帯保証債権(以下「本件連帯保証債権」という。)を掛川信金に代位して取得した。

3  亡慧秋は、昭和四六年八月一二日死亡し、被控訴人が唯一の相続人として、亡慧秋が本件連帯保証契約に基づいて連帯保証人として負担していた右三七九万七五〇〇円の債務を相続した。

4  静広美術は、昭和五三年六月一四日、本件貸金債権三七九万七五〇〇円及びこれに対する約定遅延損害金債権を控訴人に譲渡し、静広美術は、同年七月一日、その旨(但し、譲渡債権は静広美術の日信印刷に対する求償債権と表示)の通知を、主債務者の日信印刷及び連帯保証人の被控訴人らに発信し、右通知は被控訴人には同月三日に到達したが、日信印刷には同社がすでに倒産していたため到達しなかった。ところで、日信印刷は同四九年一〇月一日休眠会社として登記官により解散登記が職権でなされたが、清算人が未就任であったことから、静広美術の申請により同五六年八月五日静岡地方裁判所掛川支部の決定で日信印刷の清算人として訴外亀井祥吉(以下「清算人亀井」という。)が選任され同月二一日その旨の登記がなされた。清算人亀井は静広美術に対し、同年一〇月八日、前記求償債権と共に本件貸金債権を含めた債権譲渡を承諾した。なお、前記債権譲渡の通知において譲渡債権として静広美術の日信印刷に対する求償債権のみが表示されているが、静広美術は義務なくして日信印刷のため掛川信金に対し本件貸金債権を代位弁済したものであるから、静広美術は日信印刷に対し事務管理者として有益費償還請求権の求償債権を取得すると同時に、掛川信金の承諾を得てこれに代位して掛川信金の日信印刷に対する本件貸金債権及びこれを担保する被控訴人らに対する連帯保証債権を取得したものであり、かつ、静広美術は控訴人に対する債権譲渡により、右求償債権の有益費償還請求権と共に右求償債権を確保するための代位債権である本件貸金債権及び連帯保証債権を譲渡したものであるから、右債権譲渡の通知における「求償債権」の表示には本件貸金債権も含まれているものというべきであるので、本件貸金債権譲渡の通知として有効である。仮に、右債権譲渡の通知が、譲渡債権の表示の不適切さのため本件貸金債権譲渡の通知としての効力がないとしても、同五七年三月八日静広美術は清算人亀井に対し、本件代位弁済によって取得した本件貸金債権を同五三年六月一四日控訴人に譲渡した旨を改めて通知し、右通知は同五七年三月一五日清算人亀井に到達した。

5  よって、控訴人は被控訴人に対し、右本件貸金債権譲渡に伴い取得した本件連帯保証債権金三七九万七五〇〇円及びこれに対する被控訴人が履行遅滞となった前記静広美術の代位弁済の最終日の翌日である昭和四四年一〇月一日から支払ずみまで日歩四銭の割合による約定遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、亡慧秋が控訴人の夫であることは認めるが、亡慧秋が本件連帯保証契約を締結したことは否認し、その余の事実は不知である。

2  同2の事実は不知である。

3  同3の事実中、その主張の日に亡慧秋が死亡し、被控訴人が同人の配偶者で唯一の相続人であることは認めるが、被控訴人がその主張のような亡慧秋の債務を相続したことは否認する。

4  同4の事実中、被控訴人がその主張の日に債権譲渡の通知を受けたこと、日信印刷が倒産したことは認めるが、その余の事実は不知である。なお、右債権譲渡の通知は、静広美術の日信印刷に対する求償債権の譲渡と表示するのみで、本件貸金債権の譲渡を明示していないから、本件貸金債権譲渡の通知としては効力がない。

第三証拠《省略》

理由

一  本件取引契約及び本件連帯保証契約の成否について判断する。

1  控訴人は、昭和三八年一一月一〇日、掛川信金、日信印刷間の本件取引契約及び掛川信金、亡慧秋間の本件連帯保証契約が成立したと主張し、その証拠として譲渡担保契約書(甲第二号証、以下「本件契約書」という。)及び委任状(甲第一号証、以下「本件委任状」という。)を提出し、被控訴人はこれを争うので、まず甲第一、二号証の成立について検討する。

成立に争いのない甲第六号証及び乙第一一号証の一、同号証の二ないし五の各(一)、同号証の六の住谷慧秋名下に捺印されている各印影と甲第一、二号証の住谷慧秋名下に捺印されている各印影とを対照すると、両者はいずれも同一であることが肯認されるから、甲第一、二号証の住谷慧秋名下の各印影は同人の印章によるものと認められ、反証のない限り、右各印影は亡慧秋の意思に基づいて顕出されたものと推定し得るところ、右各印影が亡慧秋の意思に基づかないものである旨の《証拠省略》は、《証拠省略》に照らし信用できず、他に右反証たり得る証拠はないから、甲第一、二号証の亡慧秋作成部分は眞正に成立したものと推認され、その余の各作成名義部分は前掲亀井亀吉の証言により眞正に成立したものと認められる。従って甲第一、二号証は全部眞正に成立したものと認めるのが相当である。

2  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  昭和三八年当時、掛川信金は訴外日宝美術印刷株式会社(以下「日宝印刷」という。)と金融取引関係にあったところ、日宝印刷の代表取締役亀井亀吉(以下「亀井」という。)は、掛川信金の本店営業部長染葉英一(以下「染葉」という。)の紹介により、同人の宗教上の知合いで横浜で印刷業を営んでいた亡慧秋を知り、亡慧秋所有の印刷機械器具類を購入して掛川市内で主に宗教関係の書籍(暦)等を印刷する新会社を設立することになり、亀井が設立事務全般を総括したほか、訴外松木順(以下「松木」という。)が亀井の事実上の代行者として設立事務処理全般を、亡慧秋が印刷機械の設置、新規購入、機種の選定等をそれぞれ担当し、染葉が資金面の指導助言をするなどして新会社設立準備が進められた結果、本店掛川市掛川四〇九番地の一、資本金二〇〇万円、発行済株式四〇〇〇株、営業目的図書等の活版印刷出版、商号日信印刷株式会社とする新会社を設立し、同年一一月一日設立登記を経由した。会社設立当初、会社役員として共同代表取締役に亀井(持株九四〇株)、松木(持株四〇〇株)、取締役に亡慧秋(持株四〇〇株)らが就任したが、その後間もなく亀井は日宝印刷の経営に専念することになり、翌三九年二月頃には松木、亡慧秋両名に日信印刷の経営を委譲したが、松木も亡慧秋と不和となったこともあって、亡慧秋が代表取締役として日信印刷を運営するに至った。

(二)  ところで、日信印刷は、設立当時、営業資金として三五〇万円の融資を掛川信金から受けることが必要になり、亀井と染葉が話合った結果、日信印刷が印刷機械器具類を担保に供すること及び会社役員の亀井、松木、亡慧秋が連帯保証人となることを条件に、掛川信金から三五〇万円の貸与を受けることで融資手続を進めることになった。そこで松木は右事前打合わせの結果に従って所定の融資申込書を作成して掛川信金に提出したところ、染葉は右融資申込書及び事前打合わせの結果に基づいて昭和三八年一一月一〇日付「譲渡担保契約書」と題する書面(以下「本件契約書原案」という。)を作成した。その内容は大略次のようなものであった。即ち、譲渡人兼主債務者日信印刷並びに保証人亀井亀吉、松木順、住谷慧秋は掛川信金との間で、次のとおり譲渡担保契約を締結する。本契約により担保される金額は、日信印刷が掛川信金に対し現在及び将来負担する証書貸付、手形貸付、保証契約等による金銭消費貸借、手形上その他取引上生ずる一切の債務につき債権元本極度額三五〇万円とする(一条)。本契約は予め期間を定めないが、掛川信金は何時でも右極度額を増減し、取引を一時中止し、解約することができる(二条)。借入金の利息、手形割引料は日歩二銭七厘とする(三条)。遅延損害金は日歩四銭とする(四条)。日信印刷は本契約に基づき掛川信金に負担する取引上の債務を担保するため、その所有の印刷機械器具類を掛川信金に譲渡し、占有改定の方法により引渡すこととし(六条)、日信印刷はこれを無償で使用収益し得る(七条)。保証人亀井亀吉、松木順、住谷慧秋は、本契約から生ずる一切の債務について日信印刷と連帯して保証する(二〇条)。日信印刷並びに亀井亀吉、松木順、住谷慧秋は、掛川信金の請求により何時でも本契約に関する公正証書の作成に応ずる(二一条)旨を骨子とするものであった。そして、同日、染葉は掛川信金の代理人として日信印刷の共同代表取締役亀井及び松木、同取締役亡慧秋に本件契約書原案を提示したうえ、右当事者間で検討した結果、本件契約書原案に基づいて本件取引契約及び本件連帯保証契約を締結することを各自諒承するに至った。そこで、本件契約書原案末尾の当事者住所氏名欄に染葉が予め記載していた各自の氏名に続けて、譲渡人兼主務者欄の日信印刷の共同代表取締役亀井亀吉、同松木順の各名下にそれぞれ取締役社長印及び専務取締役印を、連帯保証人欄の亀井亀吉、同松木順、同住谷慧秋の各名下にそれぞれ氏名印を各自捺印したうえ、本件契約書を作成した。また、右約定(前記二一条)に従い公正証書を作成するため、右同様、染葉が予め記載していた右公正証書作成についての本件委任状原案末尾の当事者住所氏名欄の各自の名下に、右同様、各自捺印したうえ、本件委任状を作成した。しかし右公正証書はその後作成されることなくして、本件取引契約に基づき掛川信金から日信印刷に対し三五〇万円の融資がなされた。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》してみると、昭和三八年一一月一〇日、右当事者間において、本件取引契約及び本件連帯保証契約がいずれも成立したものというべきである。

3  被控訴人は、原審及び当審における同本人尋問において、本件契約書及び本件委任状の亡慧秋名下の住谷慧秋と刻した丸形氏名印の各印影(以下「本件印影」という。)は、亡慧秋の実印によるものではなく、また、これまで見たこともないものであるとし、亡慧秋の実印は乙第二号証の印鑑証明書に顕出されている印影の住谷と刻した楕円形の印章である旨供述するところ、なるほど右掛川市長作成の印鑑証明書によると昭和三九年四月二五日当時掛川市において印鑑登録されていた亡慧秋の実印の印影は、被控訴人の右供述のとおりの印章によるものであり、それ以前の同三七年一二月五日付横浜地方法務局所属公証人作成の建物賃貸借契約公正証書(乙第一号証)の亡慧秋名下の印影及び同三一年七月一〇日付作成の登記済権利証(保証書、乙第八号証)の上欄の亡慧秋名の捨印の印影が、いずれも右印鑑証明書の印影と同一であることが認められるけれども、それだからといって本件契約書作成当時の同三八年一〇月一一日頃、本件印影が亡慧秋の実印として印鑑登録がなされていなかったものと速断することはできず、また、仮に本件印影が亡慧秋の実印ではなかったとしても、要は本件印影が亡慧秋の意思に基づいて顕出されたものであれば足りるのであるから、亡慧秋の実印によるものではないからといって、直ちに本件印影が亡慧秋の意思に基づかないものと断定することはできない。しかも、《証拠省略》によると、亡慧秋は、同三九年二月一日当時、掛川信金との金融取引のため使用するいわゆる銀行印として本件印影を届出ていることが認められるうえ、《証拠省略》によると、同年五月九日、亡慧秋は、日信印刷が控訴人から買受けた印刷用紙代金の支払いのために約束手形二通を振出した際、その振出人欄の「日信印刷株式会社取締役社長住谷慧秋」名下に、それぞれ本件印影を顕出したうえ、これを控訴人代表取締役長嶋登一に直接交付していることが認められ、これらの事実といずれも亡慧秋名下に本件印影が顕出されている前掲甲第六号証及び成立に争いのない乙第一一号証の一、同号証の二ないし五の各(一)、同号証の六(なお、右乙第一一号各証の各約束手形の亡慧秋作成の裏書部分は、被控訴人から真正な文書として提出されているものである。)の存在及びその記載内容から推認すると、亡慧秋は、日信印刷の手形等を含む営業上の重要書類について、むしろ頻繁に本件印影を刻した印章を使用していたことが窺われる。また、《証拠省略》によると、静広美術が同四三年八月二〇日頃から掛川信金に対し、日信印刷の本件貸金債務を代位弁済するに先立って、静広美術の代表取締役山野井正二(以下「山野井」という。)が日信印刷に問合わせた際、亡慧秋は、日信印刷の本件貸金債務は勿論自己の本件連帯保証債務についても特段異議を述べなかったうえ、さらに同四五年夏頃、山野井が本件貸金債権の代位弁済者として、亡慧秋に対し本件連帯保証債務の履行を請求した際にも、これを認めたうえ、手許不如意による支払猶予を申出たものの、本件契約書の自己の印影等の真偽について特段異議を述べなかったこと、また、被控訴人についても、同五三年春頃、山野井が被控訴人に本件連帯保証債務の履行を請求した際、「その件は承知しているけれども、うちの人は死んで居ないから、お墓に行ってもらって来て下さい。」旨述べて支払を拒絶したものの、本件契約書の亡慧秋の本件印影の真偽ないし実印か否かについて特段異議を述べなかったことが認められるから、以上の各認定事実に徴して被控訴人の右供述は信用できない。

4  亡慧秋が昭和四六年八月一二日死亡し、被控訴人が同人の配偶者で唯一の相続人であることは当事者間に争いがないから、同日、被控訴人は、亡慧秋が本件保証契約に基づき掛川信金に負担していた前記三七九万七五〇〇円の本件保証債務を相続したものというべきである。

二  つぎに、本件貸金債権及び本件連帯保証債権の譲渡について判断する。

1  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  掛川信金は本件取引契約に基づいて日信印刷との間で金融取引を開始し、昭和四三年八月二〇日頃には貸金債権合計額が三七〇万四〇〇〇円に達していたが、日信印刷はすでに倒産状態で支払能力がなかったことから、掛川信金は同業者の静広美術に対し、日信印刷に代って右貸金債権を弁済することを依頼し、静広美術は同業ので誼これを承諾した。そこで、静広美術は掛川信金に対し、同年八月二〇日から同四四年七月二一日までの間に一二回にわたり各五万円合計六〇万円、同四四年九月三〇日に三一九万七五〇〇円総合計三七九万七五〇〇円(内訳、前記貸金合計額三七〇万四〇〇〇円の内金三五〇万円及びこれに対する同四三年八月三日から同四四年九月三〇日までの日歩二銭の割合による利息二九万七五〇〇円)を日信印刷に代って弁済した。その結果静広美術は、掛川信金の承諾を得て、掛川信金が日信印刷に対して有していた右貸金元利合計三七九万七五〇〇円の本件貸金債権を代位して取得するに至った。

(二)  静広美術は、昭和五三年六月一四日、控訴人に対し、印刷用紙の購入代金債務約五〇〇万円の弁済のため、本件貸金債権を本件担保物件とともに譲渡した。そこで、静広美術は主債務者の日信印刷及び連帯保証人の被控訴人らに対し、その旨(但し、譲渡債権は、本件代位弁済による静広美術の日信印刷に対する求償債権と表示)の通知を同年七月一日発信し、右通知は同月三日連帯保証人の被控訴人らに到達した(右通知が被控訴人に到達したことは当事者間に争いがない。)が、日信印刷には到達しなかった。即ち、日信印刷はすでに同三九年六月頃には事実上倒産していた(この頃日信印刷が倒産したことは被控訴人の自陳するところである)うえ、商業登記法所定の登記事項を一〇年以上の長期間にわたり登記懈怠したため、静岡地方法務局所属登記官により休眠会社と看做され、同四九年一〇月一日職権で解散登記がなされていたが、その後同社を代表すべき清算人が選任されないままであったこともあって、右通知は送達されなかったものである。そこで、静広美術は静岡地方裁判所掛川支部に日信印刷の清算人選任を申請し、同五六年八月五日同裁判所から清算人亀井祥吉の選任決定(同月二一日清算人就任登記)を得たうえ、改めて同年八月二八日清算人亀井に対し、前同趣旨の静広美術の日信印刷に対する求償債権についての債権譲渡の通知をし、右通知は翌二九日清算人亀井に到達した。清算人亀井は静広美術に対し、同年一〇月八日、右債権譲渡の通知に関し、静広美術が、本件代位弁済により取得した同社の日信印刷に対する求償債権並びに掛川信金の日信印刷に対する本件貸金債権を、同五三年六月一四日控訴人に譲渡した件について、右各債権譲渡をいずれも承諾する旨を表明した。なお、静広美術は、右債権譲渡の通知において、譲渡債権を前記求償債権のみ表示していたことから、本件貸金債権譲渡の通知としての効力を否定されることを慮って、さらに同五七年三月八日、清算人亀井に対し、本件代位弁済により取得した掛川信金の日信印刷に対する本件貸金債権を、同五三年六月一四日控訴人に譲渡した旨を通知し、右通知は同五七年三月一五日清算人亀井に到達した。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

以上によれば、静広美術は、日信印刷が掛川信金に負担していた合計三七九万七五〇〇円の本件貸金債権を、昭和四四年九月三〇日までに義務なくして日信印刷のために代位弁済したものであり、これにより静広美術は、掛川信金が日信印刷に対して有していた本件貸金債権及びこれに対する本件取引契約上の日歩四銭の割合による約定遅延損害金債権並びにこれに随伴する本件連帯保証債権を、掛川信金の承諾の下に代位により取得したものというべきである。

2  ところで、前記1、(二)認定のとおり、静広美術は、昭和五三年六月一四日、本件貸金債権を控訴人に譲渡したものであるところ、本件のように主たる債権の本件貸金債権の譲渡に伴いその随伴性により本件連帯保証債権も移転する場合には、右債権譲渡の通知又は承諾は主たる債務者の日信印刷についてなされるを要し、かつ、これをもって足り、別に連帯保証人に対する通知がなされなくてもこれに対抗し得るものと解するを相当とするところ、前記1、(二)認定の債権譲渡の通知のうち、第一回目の同五三年七月一日発信の通知は、同月三日連帯保証人の被控訴人らに到達したのみで、主債務者の日信印刷には到達していないから、右通知はその余の点について検討するまでもなく効力がない。つぎに、第二回目の同五六年八月二八日発信の通知は、翌二九日主債務者の日信印刷清算人亀井に到達したが、右通知は、前記1、(二)認定のとおり、静広美術が本件貸金債権の代位弁済により日信印刷に対し取得した求償債権を控訴人に譲渡する旨の内容であって、譲渡債権として本件貸金債権が明示されていないことから、本件貸金債権譲渡の通知としての効力が問題となる。控訴人は、代位債権たる本件貸金債権は求償債権を確保するためのものであるから、右求償債権の譲渡の表示には本件貸金債権の譲渡の趣意が含まれている旨主張するが、代位の客体たる本件貸金債権と弁済者が固有する求償債権とは前者が後者を確保する関係にあり、いわば一個の給付目的のために併存する実質的に同一の債権であると解し得るとしても、法律的には両者は別個の債権であるから、特段の事情のない限り、右通知の求償債権を譲渡する旨の表示をもって、本件貸金債権の譲渡についての通知の効力をも有するものと解することは相当でない。しかしながら、前記1、(二)認定のとおり、同年一〇月八日日信印刷清算人亀井は静広美術に対し、右通知に係る求償債権のほか本件貸金債権の譲渡をも含めてこれを承諾する旨を表明している。そしてこのような場合には、債権譲渡における債務者に対する通知又はその承諾が、債務者を二重弁済の危険から保護するためのものであることに鑑み、主債務者の日信印刷が譲渡人の静広美術に対し、すでに具体的に特定されている本件貸金債権についての譲渡を予め承諾したものと解するのが相当であるから、その余の点について判断するまでもなく、本件貸金債権の譲渡は、同年一〇月八日頃日信印刷清算人亀井の右承諾により、その対抗要件を具備したものというべきである。従って、控訴人は本件連帯保証人の被控訴人に対し、右本件貸金債権の譲渡に伴い控訴人に移転した本件貸金債権及び約定遅延損害金債権並びに本件連帯保証債権の取得を主張しうる。

3  よって、控訴人は被控訴人に対し、本件連帯保証債権金三七九万七五〇〇円及びこれに対する被控訴人の履行遅滞後で、かつ、静広美術の代位弁済最終日の翌日である昭和四四年一〇月一日から支払ずみまで日歩四銭の割合による約定遅延損害金を支払う義務がある。

以上の次第で、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は、これを正当として認容すべきであり、これと趣旨を異にする原判決中被控訴人に関する部分は失当であって、本件控訴は理由があるから、民訴法三八六条により原判決中被控訴人に関する部分を取消すこととし、訴訟費用の負担について同法九六条、八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島恒 裁判官 真榮田哲 塩谷雄)

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